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ビジョンメガネ〜再生の鍵を握る社会的な存在意義「企業再生」最前線
Strategic View~成功の秘訣に迫る~ Vol.1

KSG (株式会社経営戦略合同事務所) 代表取締役社長 眞藤 健一

株式会社ビジョンメガネ 代表取締役社長 安東 晃一

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「GoodEyeCommunicationビジョンメガネ」──。これは昭和40~50年代生まれの関西人で、知らない人はいないといわれるテレビCMのフレーズだ。その広告主が東京の大田とならぶモノづくりの街として有名な東大阪で1976年に創業したビジョンメガネである。メガネの小売りチェーンを展開し、96年頃から関東へ本格進出。2000年には株式の店頭公開を果たした。また、02年のピーク時の年商は175億円に達していた。

しかし、05年頃から「JINS(ジンズ)」「Zoff(ゾフ)」などの新興の格安メガネチェーンが台頭するようになり、厳しい競争にさらされた結果、09年3月期に2期連続の当期純損失を計上。同年3月には上場廃止へと追い込まれる。そして13年11月25日、東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請し、その負債総額は約77億円に及んだ。そこでスポンサーとして名乗りを上げたのが、M&Aアドバイザリーなどの戦略コンサルティングを手掛ける経営戦略合同事務所だった。なぜ自らリスクを取りにいったのか、同社の眞藤健一社長は次のように語る。

「ビジョンメガネは35年におよぶ社歴を積み上げるなかで、民事再生法の適用の申請時においても全国に166の店舗を展開していました。また、110万人にもおよぶ顧客のリストを持ち、そうした顧客の日常生活に大きな影響を与えるメガネやコンタクトレンズの専門知識や、検眼・フレーム調整などの技術を身に付けた従業員が約450名もいました。確かに、そのときは資金繰りなど財務面で苦境に立たされていましたが、再生計画を確実に進めながら貴重な経営資源をフルに活かしていけば、必ず再生に向かうものと確信しました」

この民事再生法の適用申請の時点でのビジョンメガネの社長は、大学卒業後の96年4月に入社し、店員から叩き上げてきた安東晃一氏だった。経営が傾く過程で創業者一族が経営から退き、何人も社長が交代した挙句、気が付くと社長の成り手がいなくなっていた。

「利用していただいている顧客のこと、一緒に働いてきた従業員、そしてその家族のことを思うと、誰かが社長を引き受ける必要がありました。かといって、部下に任せるわけにはいきません。そこで取締役だった私が手をあげたわけです」と安東社長はいう。

その安東社長と初めて会ったときのことを眞藤社長は、「サラリーマン経営者にもかかわらず、会社の債務をあたかも自分個人の債務のようにとらえ、金融機関や取引先などの債権者に平身低頭しながら真摯に対応していました。その姿を見て、ビジョンメガネを再生させたいのだと心の底から考えていることがよくわかりました」と振り返る。

そうした安東社長の経営者としての心の支えとなっていたものが、各店舗から毎日送られてくる顧客のアンケート用紙だった。少ないときでも1日に100枚。多いときには200枚を数えることもあった。ビジョンメガネの苦境を新聞などの報道で知ったのだろう、何枚もの用紙に「応援しています」という言葉が綴られていたそうだ。また、店舗での接客のよさに対するお褒めの言葉も数多くあったという。それゆえ「何がなんでも会社を再生させる」という思いを安東社長は強めていったのだ。

実は、そこに眞藤社長はビジョンメガネの「社会的な存在意義」を見出す。「1つひとつの店舗が地域にしっかりと根づき、信頼関係で結ばれていた数多くの顧客から存続が強く望まれていました。取引先であるフレームやレンズなどのメーカーも、そうしたビジョンンメガネだからこそ信頼して自社の製品を委託し、応援しようとしてくれていたのです。それだけビジョンメガネは社会的な存在意義があったわけで、再生の道筋も自ずと見えてきます」と眞藤社長は話す。

企業再生というと性急なリストラクチャリングで目先の利益を追うように思われがちだが、眞藤社長はあくまでも「自然体」で臨んだ。どういうことかというと、人材や店舗などビジョンメガネの強みや良さをできるだけ大切にしながら再生を進め、その結果として利益が出ればいいと考えたのだ。ここに経営戦略合同事務所によるビジョンメガネの企業再生の大きな特徴がある。

黒字定着は再生のスタートライン「企業再生」

「私がビジョンメガネの企業再生にあたってテーマにしたこと。それが『変えない』ということでした。100点満点の会社など、どこにも存在しません。何かマイナス点のところがあったとしても、致命的でなければ許容したほうがいいのです。『角を矯めて牛を殺す』という格言もありますが、何がなんでも悪い点を全て直そうとしても、新たに悪い点が生まれ、かえって悪い状況に陥ってしまうことすらあり得るのです」

そう語る眞藤社長だからこそ、安東社長をはじめとする経営陣の入れ替えは行わなかった。かつてのドミナント戦略で出店した同一商圏内の一部店舗を、経営効率の面から統廃合することがあったが、後ろ向きなリストラクチャリングも一切行わなかった。その結果、金融機関、取引先の理解を得て債務減免を実現し、14年8月に再生計画を終結させた。民事再生の適用申請からわずか9カ月後のことである。そして15年12月期の業績は、売上高53億9328万円、営業利益3億4223万円の水準まで回復しているのだ。

その再生計画の終結の後に眞藤社長が取り組んだのが、全店舗に自ら足を運び、店長や従業員と直接話をすることだった。その場で眞藤社長がまず強調したのが、最悪の事態を回避できて、これからは安心して働ける環境になったこと。さらに、会社の経営が悪くなるのは、全て経営陣の責任ではないということを説いた。経営陣は1つひとつの店舗の現場のことまで目配りはできない。もしも、現場で何か問題や課題が発生すれば、その改善策を含めて積極的に声に出していくことが、現場を任せられた者の責務となる。

「去年、眞藤社長は全社員に対して動画でのメッセージを送ってくださいました。そこで改めておっしゃったのが『変えてはいけない』ということでした。ただし、変えてはいけないのは、あくまでも自分たちの強みや良さなのです。」

「その一方で、ビジョンメガネを取り巻く環境はどんどん変わっています。自分たちの強みや良さを活かすための変化は常に求められていることを眞藤社長は『裏声』で訴えていらっしゃるわけで、従業員もそのことを理解して実践するようになっています。」

そう話す安東社長が眞藤社長と一緒に進めているのが、販売単価の高額化だ。目下のメガネ市場はロープライスが主戦場となっていて、厳しい競争が繰り広げられている。わざわざ、そこに参戦するのが得策ではないのは自明の理。

むしろ値の張る高級なメガネであれば、利幅が大きいうえに、これまで培ってきた技術力や接客力をフルに活かすことができる。「民事再生の申請時に2万2000円前後だった販売単価は、いまでは3万6000円ほどにアップしています」と安東社長はいう。

そうした動きをさらに加速させるため、今年3月に大阪・枚方で投入した新業態の店舗が「eyevory(アイボリー)」である。顧客は街中のカフェのような雰囲気のなかで、ゆっくりとメガネを選ぶことができる。「いまはファッション重視の20代、30代の方々のなかにも、掛け心地などで専門家のアドバイスを求めている人が少なからずいて、そうした潜在需要を喚起する拠点になるでしょう」と眞藤社長は期待を寄せる。

そしてもう一つ、企業再生のなかでビジョンメガネが大きく変わってきたのが、スピード感のある経営への移行だ。眞藤社長の主導によって毎週1回、経営会議が行なわれ、その場で「イエス」「ノー」の決済が下される。もしも提案したことが却下されても、その理由が明示されるので、改善のヒントになる。実際に何度も再提案して日の目を見ることも少なくなく、全従業員のヤル気を喚起しているそうだ。

先ほど紹介した15年12月期の業績数字を見るとV字回復のようにも思えるのだが、眞藤社長は「まだ企業再生のスタートラインについたばかりです」という。ピーク時の店舗数は275店。それに対して現在は110店。サービスを提供できなくなった顧客のことを考えれば、再出店していくのがビジョンメガネにとっての社会的な責務といえる。今年の新規出店は10店舗前後を計画しているが、その責務を全うする道のりは長い。だから眞藤社長は気を引き締めるのだ。

また、そうした過程でビジョンメガネが業容を拡大していくのにともなって、M&Aやグローバル展開に進む局面も迎えることになるだろう。「当然そこで私たち経営戦略合同事務所のリソースを活かすことができます。単なる企業再生のスポンサーとして利益を得るのではなく、お互いにウィン‐ウィンの関係で成長していくことが、他の再生支援会社と大きく違う点なのです」と眞藤社長は強調する。これからも、ビジョンメガネと経営戦略合同事務所の二人三脚の歩みからは、目を離すことができそうにない。

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