この記事ではMaidSafeの仕組みを概観し、その思想的特徴にも触れたい。
尚、2018年4月に開催された初のディベロッパーカンファレンスの様子はこちらの記事より参照されたい。
10年以上の歴史をもつ仮想通貨『MaidSafe(メイドセーフ)』開発者会議に参加!ブロックチェーンを凌駕するそのプロジェクトに迫る!
『MaidSafe』は2006年よりDavid Irvine氏により開発が始められ、スコットランドのAyr(エアー)という街に拠点を構えている。
2006年当初はDavidを始めとする数名の関係者と、仲間や家族から拠出された資金で始まったが、2014年には初めてICOを敢行し、約6億円の資金を集めて開発を促進した。その後もクラウドファンディング等で資金を募り、今尚SAFE Network(MaidSafeのプラットフォームはSAFE Networkと呼ばれる)の実現に向けて開発を続けている。
MaidSafeの大きな特徴は、何と言ってもブロックチェーンではないという点だろう。
ブロックチェーンを使わない分散型ソリューションといえば、IOTAのTangleや、Hederah HashgraphのHashgraph、そしてDAG等があるが、MaidSafeはそのどれとも異なる。それでいて、そのどれよりも可能性に満ちていると方々で囁かれる。
SAFE Networkの基本的な仕組みは、データを分散保存するという部分にある。つまり、ある一本の映画のデータがあるとしよう。通常これをインターネット上に保存するとすれば、何らかのクラウドストレージやサーバーに丸ごと保存することになるが、SAFE Networkではこのデータを無数の断片に分割し、各ノードの保存領域に分割保存する。
ノードという言葉はIT分野の専門用語だが、SAFE Networkにおけるノードとは、つまるところ私たちのパソコンのことだ。
我々が普段使っているパソコンは、多くの場合ある程度の保存領域が余っているだろう。必ず半分や3分の1くらいはディスク領域が余っているはずだ。SAFE Networkは、世界中のパソコンの余った保存領域を使用する。
もしあなたが自身のパソコンの余っている保存領域を提供したいと考えるなら、MaidSafeのクライアントアプリをダウンロードし、SAFE Networkを立ち上げる。そしてどのくらいのディスク領域を提供するかを設定し、ネットワークへの提供を始める。
するとあなたのパソコンには、SAFE Network上に投入される様々なデータの断片が完全に暗号化された状態で保存されていく。このようにSAFE Networkにストレージを提供する行為を「ファーミング」と言い、その報酬としてあなたはSafecoin(セーフコイン)を得ることができる。
このファーミングという言葉は、他の仮想通貨で言うところのマイニングだと理解されて良い。だがマイニングのように通貨を「掘る」行為ではなく、自身のパソコンの余ったストレージを提供し、その報酬としてSafecoinを得るという行為であるため、あたかも何かを育てるようなものだ。すなわち、ファーミングと呼ばれる。当然、Proof of Work は必要ないので、パソコンが通常動作する以上の電力は必要としない。また、Proof of Stake のように大量にコインを保持する者に力が集まる状況も起こり得ない。尚、ファーミングは、Proof of Resource と呼ばれる。
これがSAFE Networkの基本だ。これにより何が起こるかというと、あらゆるデータ、スマートコントラクト、台帳が世界中のパソコンの余っているストレージに保存され、ビットコインやイーサリアムがブロックチェーンとして行なってきたことが、遥かに少ないエネルギーでSAFE Network上で実現できる。
ビットコインやイーサリアムのようなブロックチェーンソリューションの場合、コインのトランザクション履歴、つまり台帳はブロックチェーンに保存され、マイナーはこれまでの全てのブロックをダウンロードし、保持しなければならない。
しかしSAFE Networkは、この台帳すらも無数のノードに分割保存し、一つのノードが保存する量は微々たるものとなる。これによりSAFE Networkのトランザクション処理は非常に”軽い”ものとなり、なんと1秒当たり100万件以上の送金が可能だ。これに比べて、イーサリアムは1秒あたり15件、Visaは約4,000件〜6,000件だというから、その桁違いの処理能力には圧倒される。しかも、先述の100万件という数字は、1万ほどのノードで試した際の数値であるため、SAFE Networkが拡大すればするほど、トランザクション処理能力も向上していく。
SAFE Networkでは、データをネットワークに保存する際に手数料を支払う。この手数料はSafecoinで支払われ、データを保存したノードが獲得することができる。
一方、Safecoinそのものの送金は手数料が無料で行える。ビットコインやイーサリアムで悩みのタネとなる高額な送金手数料が、SAFE Networkには存在しない。
まだ実装されていないため机上の論理ではあるが、送金手数料が無料なのであればスマートコントラクトが動作する際の手数料も無料となる。ただし、スマートコントラクトをネットワークに保存する際には、前述のデータ保存に当たるため、手数料が発生する。
SAFE Networkでは、イーサリアムが備えるようなスマートコントラクトを走らせることが可能だ。
もしあなたがスマートコントラクトを書いたら、そのコードはどこかに保存されなければならないが、SAFE Networkではこれもネットワーク上の無数のノードに分割保存される。
この時、保存する際にはその手数料としてSafecoinをネットワークに支払うが、スマートコントラクトを使用する際は、送金手数料等は無料なので、コントラクトの使用も無料で行えると考えられる(この辺りはまだAlpha3が出ていないので推論となる)。イーサリアムの場合は、スマートコントラクトが動作する際には手数料としてガスが支払われなければならないが、SAFE Networkの場合そのような手数料は必要ないということになる。つまり、イーサリアム上で展開されているスマートコントラクトより何倍も複雑なものを作ったとしても、依然として手数料は無料で動作できる。
データを無数に断片化し、世界中のパソコンに保存して分散管理するとなると、もし一つのパソコンがネットワークから遮断されてその断片化データが抽出できなくなったらどうするのか、と懸念されるかもしれない。
SAFE Networkでは、断片化データは必ず同じものが複数個作られ(詳しい仕様は確定していないが、6つや8つという案が有力)、いずれかのノードがネットワークから遮断されても、他のノードが持つ同じ断片化データで補える仕様になっている。そして、一つの断片化データがネットワークから遮断されたら、即座に新たなコピーが別のノード内に作られ、このバランスは常に維持される。
最後に忘れてはならないのが、全ての断片化データは高度に暗号化されるということだ。これにより、たとえ見ず知らずの人のパソコンに自分の断片化データが保存されていても、暗号化されているためなんの心配もいらない。もっとも、そもそも断片化しているので、そのデータを見ただけでは全体像は掴めないが。
データを分散管理するシステムとしては例えばIPFS(InterPlanetary File System)があるが、IPFSは暗号化という部分でMaidSafeと大きく異なる。IPFSではデータの暗号化は行われず、またデータの追跡も可能だが、SAFE Networkでは全てのデータが暗号化され、第三者が追跡することはできない。
データを分散管理するソリューションとしては、既にStorJやFileCoinといったプロジェクトがイーサリアム上で展開されているが、いずれもデータを分割管理するだけのものだ。MaidSafeは先述の通り、データを分散管理するだけでなく、スマートコントラクトを走らせたり、通貨を扱えたり、様々なアプリをSAFE Network上で稼働させることができる。
また、StorJやFileCoinがイーサリアムブロックチェーン上で動作していることから、その限界値にも言及すべきだろう。
ここまで、MaidSafeの概要に触れてきたが、結局MaidSafeは何を目指すものなのだろうか。
一言で表すと、MaidSafeは先述のようなシステムを土台として、HTTPに代わる新たなインターネットを目指すものである。そう、仮想通貨というだけでなく、インターネットそのものに成り得る。
今のインターネットと全く同じかそれ以上のことがSAFE Networkでは実現可能で、しかもそれが完全に暗号化され、追跡も不可能な仕様となるのだ。実は、MaidSafeのSafeとは、「安全」という意味を表している。ハッキングの心配がないインターネットということだ。
将来SAFE Network上では、Googleに代わるSafeブラウザーなるものが使われたり、YouTubeに代わる新たな動画視聴サービスが使用されたり、様々なサービスが生まれるだろう。その全てにおいて、膨大な電力を消費するサーバー施設は必要とせず、世界中の余っているパソコン能力を用いて、環境に優しく、暗号化された遥かに安全なインターネットが構築できる。もちろん、仮想通貨も扱える。
ここまでの話はまだ完全に実装されたわけではない。果たして本当に実現できるのだろうか?
この問いかけに対してMaidSafeチームは、2006年から実直に開発を続けている。他の多くのICOのように不要に多額の資金を集めることはせず、必要な分だけ調達して実に真面目に開発を続けていると言える。2014年にICOを行うまではずっと自己資金でやってきたというところも注目したい。
無論、開発に時間はかかっているが、真にオープンソースで非営利なプロジェクトを実現するという意味では、大きな資本や理念を共にできない利害者を巻き込むことは意味を成さない。
MaidSafeはまもなくAlpha3をローンチし、来年には完成版となるSAFE Networkをローンチする予定だ。
開発者たちの純粋な夢が詰まったMaidSafeを、これからも見守っていきたい。
MaidSafeは2014年に『MaidSafeCoin』という仮想通貨を発行しており、現在Poloniexで取引が可能。
ただしこの通貨は一時的なプロキシコインであり、つまり今はなんの実用性も持たない。単にMaidSafeが資金調達のために発行した通貨であり、本物のSAFE Network用通貨(Safecoin)はSAFE Networkが稼働する時に発行される。その際、MaidSafeCoinはSafecoinと1:1で交換できる。
MaidSafeはスコットランドのAyr(エアー)という街で始まり、MaidSafe社のオフィスは同地に構えられている。凡そ30名の開発者・スタッフが従事しているとのことだ。
また、2018年にはインドのチェンナイにもオフィスを構え、主にインドやアジアから7名のエンジニアを招いて開発活動を拡大している。
MaidSafeのオフィシャルサイト
MaidSafeのホワイトペーパー
MaidSafeを分かりやすく解説した冊子
MaidSafeJapanのFaceBookページ
執筆者:ルンドクヴィスト ダン