「例えば、退職が決まった社員がコピー機で大量に印刷していたりすると、情報の持ち出しの可能性がでてきます。また、出退勤システム上で前月までと比べて平均出社時間が極端に遅くなっていて、かつ電子化された就業規則を頻繁に閲覧し、顧客データを大量にダウンロードしていたら、転職して顧客データを持ち出すことも考えられます。そうした行動データを総合的に解析すれば、社員が企業に対して不満を持ち、不正行為に走るかどうかが、高い確率で予測できるのです」。
エルテスのサービスは、名だたる大企業が利用しているが、菅原社長は、中堅企業やベンチャーにも積極的に利用してもらいたいと強調する。
「デジタルセキュリティのノウハウは、大企業は比較的豊富なのですが、中堅企業やベンチャーは不十分なところが少なくありません。例えば、ベンチャーの幹部社員が独立を画策し、企業の営業秘密や顧客リストを持ち出すケースがよくあります。こうしたケースは不正競争防止法違反に問われる場合も多いのですが、ベンチャーも独立した側も、企業リスク管理の知識がないために、事態が深刻化しやすいのです」。
これまでのストーリーでは、エルテスは順調に成長してきたように見えるが、実は、途中では何度も苦境に陥ったと、菅原社長は明かす。
「2006年に事業の転換を図り、デジタルリスク管理一本に絞ったとき、当時は資金繰りにも苦労していましたから、果たして事業を存続できるのかと不安のどん底に落ちたこともあります。しかし、私は、岩手県の貧しい家庭に育った苦学生で、東大の学費も自分で稼いでいた身でした。そこで、何くそと反骨精神に火がつき、目の前の仕事に全力で取り組むことにしました。たとえ絶望の淵でもあきらめないで、もがいていれば、少しでも前に進めるからです」。
菅原社長が苦しいときに愛読したのが、イタリアの思想家、マキャベリが著した『君主論』。「歴史を経て残ってきた古典には、普遍の真理が記されていて、人生で迷ったときの指針になりますね」。また、東大出身のベンチャー経営者からのアドバイスにも、大いに助けられたという。「ベンチャーの事業内容はそれぞれ違うのですが、経営者のたどる道、直面する悩みには共通点が多いのです。先輩経営者は、たいていの悩みの解決法をすでに知っています。『先輩、お願いします』と相談して、教えてもらうのが一番ですね」。
菅原社長は、学校教育の場でデジタルリスクの啓発活動に協力するなど、CSRにも積極的だ。一方で、15年には、経済産業省出身で特許庁長官も務めた羽藤秀雄氏を同社取締役に迎え、行政との太いパイプを築くなど、社会におけるデジタルセキュリティの普及にも余念がない。また、世界で最も進んだ電子政府を持つエストニアから、社会の危機管理にかかわる最先端のITも導入する計画だ。
日本では今やインバウンド需要が空前の盛り上がりを見せ、2020年の東京五輪に期待が集まる一方で、国際テロの活発化への懸念も強まっており、デジタルセキュリティへのニーズはますます高まっている。「米国では政府に協力してテロ予測システムを開発したベンチャーがあるのですが、その企業の時価総額だけで2・5兆円にも達しています。日本のデジタルセキュリティ市場は米国の3分の1はあると見られていますが、現在はほとんどブルーオーシャンの状態で、成長の余地はきわめて大きいといえるでしょう」と、菅原社長は力強く語った。