自分の嗜好性を業態開発に反映
1990年代からだろうか。外食業界関係者の間に「次に何が来るか?」という言葉が、折に触れて飛び交うようになった。バル・立ち飲みなど業態、あるいは地産野菜・鶏肉・もつ鍋・餃子・やきとんなど食材・料理の流行を探る隠語のようなものだ。
業態開発の先陣を切ってきた経営者たちは、来店客の利用シーンを鮮明に描いて“次”を呼び寄せてきたが、最大の来店客に想定しているのは自分自身である。想定客層に支持されるかどうかだけでなく、一方で自分が客として常連になりたいかどうか。これまで取材してきた業態開発で名を馳せた経営者たちは、業態開発のポイントを一様にそう明言している。
定量分析に基づくフレームワークだけでなく、いわば自分の消費行動も反映させてきたのだ。東京レストランツファクトリー社長の渡邉仁氏も「繁盛店の動向など市場調査を行ったうえで、自分が『毎日飲みに行ってもよい』という店を作ってきました」と語る。
同社が経営するのは30業態64店舗(国内59店舗、ニューヨーク3店舗、台湾2店舗)。2018年7月期の年間売上高は47億円で、今期見通しは65億円。20年4月に東証マザーズへの上場を計画している。
渡邉氏が専門商社勤務を経て独立したのは03年。外食業界ではフランチャイズチェーンの勢いが止まり、多業態を開発する次世代の企業が台頭しはじめていた。だが、他業界出身の渡邉氏は業界が節目にあることは知らず、会員制バーの経営からスタートした。
渡邉氏が着眼したのは業態ではなく機能だった。絶頂期にあったヒルズ族や、“元リク”と呼ばれるリクルート出身たちの人脈増殖ニーズに応え、バーを交流サロンとして機能させたのである。入会金を10万円に設定したところ、入会者が続出して1年半後に会員数は1000人を超え、現金1億円が貯まった。
早くも次のステップへの資金を用意できたが、果実はそれだけではない。店内で顧客の飲食店選別基準を直に把握できたのだ。
会員の多くが連夜さまざまな飲食店を食べ歩いていて、料理やサービスに詳しく、渡邉氏は1000人以上からヒアリングを重ねた。ここで集積された要望をもとにバーに来店する前の1軒目として、近隣に客単価8000円で全室が個室の懐石料理店を開く。
「私の価値観よりも会員さんが使いたいという要望を受けて、マーケットインの発想で店を作りました。会員さんは経営者からビジネスマンまで仕事に意欲的な方が多く、午後11時までに帰宅してはダメだという考えをもっていて、毎晩、銀座や六本木で外食をして人脈を増やしていました。2店目以降もしばらくは、会員さんの嗜好性に合わせて客単価8000円から1万2000円の店をつくっていきました」(渡邉氏)
現在は、店舗の利用目的や客単価に合わせて、リッチ(1万5000円)、ミドル(8000円)、カジュアル(2400円)の3つのゾーンに分けて業態開発を行ない、業態ライフサイクルの短縮傾向に対応するため、持続性の高さを開発方針に据えている。これまで閉店したのは4店舗に過ぎない。開発体制は社内チームに外部の著名シェフが参画したプロジェクトチームを編成している。
初期投資は主力業態の「鳥幸」で6000万円、FC展開を構想中の「やきとんエイト」で3000万円。営業利益率は業態によって差異があるが16~28%。どの店舗も3~4年で初期投資を回収している。
渡邉氏は同社の強みを次のように説明する。
「当社の強みは業態開発力で、それを具現化できる職人が揃っています。客単価8000円は外食企業の苦手なゾーンですが、当社には強いゾーンで、『鳥幸』から『鳥心』『ぬる燗佐藤』を派生させました。実は客単価8000円の店は、ビジネスの延長とかデートとか、お客様の来店目的がはっきりしているので、わかりやすいマーケットなのです。『鳥幸』の場合、オープンした8年が経ちますが、単月の売り上げが前年割れしたことが一度もありません。本当に良い業態です」。
わかりやすいマーケットで陳腐化しにくい業態ならば、模倣する店も続出するのではないか。
「真似しようとすれば、できないことはないと思いますが……」
そう断ったうえで、渡邉氏は競争力として「世界観の作り込み」を挙げる。
同社のアルバイトには劇団員が多く、彼らが就労しやすいように1~2週間ごとに一流の演出家を招いて無料レッスンを提供しているが、その演出家に接客教育を依頼している。発声法や短い言葉での話法など「日本男児のかっこよさ」(渡邉氏)を習得させているのだ。
食材にも競争力がある。八ヶ岳南麓で養鶏場を経営する中村農場(山梨県北杜市)からほぼ独占的に鶏肉を仕入れている。中村農場は、独自にブレンドした餌を使用して、オリジナル地鶏「甲斐路軍鶏」(かいじしゃも)や、山梨県推奨銘柄鶏「甲州頬落鶏」(こうしゅうほおとしどり)など、十数種類の鶏と卵を生産する先進的な養鶏場で知られている。
今後の展開として、海外は北米での店舗展開に加えて、中国大陸の老舗ホテルグループとの業務提携などコンサル業にも積極的に取り組み収益力を上げていき、国内では和食ニーズが強いインバウンドの獲得や、打診が増えたM&A案件への対処にも注力してゆく。そのひとつが、店主の高齢化で存続が難しくなった名店の事業承継である。17年11月には、「四季火鍋 花椒庭」(東京都港区)を事業継承してリニューアルオープンした。渡邉氏は「後継者不在で存続が難しくなっている名店は全国にたくさんあるので、積極的に関わっていきます」と方針を示す。
どの地域でも名店は貴重な地域資源である。住民にも商工関係者にも事業承継は福音になるのではないか。東京レストランツファクトリーは地域力の維持をも担おうとしている。
経済ジャーナリスト
小野 貴史