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世界一の認証技術-NECの顔認証はどのように生まれたか / インタビュー前編日本電気株式会社 (NEC Corporation)
NECフェロー 博士(工学) 今岡 仁

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“デジタル化”、それはここ数年で最も注目される言葉だろう。80年代より普及してきたパーソナルコンピューター・インターネットが急速な進化を見せ、今では私たちの暮らしそのものがインターネットと繋がり、身体に身に着けるウェアラブルデバイスが普及し始めている。

そんな中、日本の企業はデジタル化に対してどのようなソリューションを提示しているのだろうか?GAFA(Google、Amazon、facebook、Apple)を代表とする海外企業の躍進が目立つ中、日本企業は影で彼らを支えているという立ち位置が多い。しかし、民間セクター以外にも、私たちの気付かぬところで、日本の技術は多くのサービスに使われている。

今回はそんなデジタル化をリードする代表的な企業である日本電気株式会社 (以下NEC)に、きたるデジタル化の時代と同社が行う最先端の取り組みを聞いた。インタビューに応えてくれたのは、同社の生体認証技術部門を率いる今岡仁NECフェローだ。

※NECフェローとは、卓越した知見と専門能力を持つ人材を、役員級のプロフェッショナルとして登用する制度。2020年5月現在、今岡さんを始め、5人しかいない。

生体認証が可能とすること

“米国国立標準技術研究所(NIST)による顔認証技術の性能評価で5回目の第1位を獲得”
NECは生体認証のパイオニアと呼ばれ、顔、虹彩、指紋・掌紋、指静脈、声、耳音響の6つの生体認証技術を有し、総合バイオメトリクスメーカーと呼ばれている。また、指紋認証、顔認証、虹彩認証の実施テストにおいていずれも世界一の称号を獲得している。

無論、生体認証以外にも様々な分野で世界をリードするNECだが、デジタル化に向かう社会の中で、生体認証が果たす役割は大きい。
デジタル化の弱点は、ハッキングや個人のなりすまし等の不正行為だ。誰もがインターネットに接続する時代が訪れる中で、データの不正が行われると社会全体として大きな被害を被る。生体認証はこれらを防ぐことができ、中でも顔認証は、何も触れることなく個人の認証が行える技術として、広く普及することが期待されている。

今岡NECフェローはそんな顔認証技術の立役者で、他にも機械学習、画像処理、バイオメトリクスなどを担当されている。では、NECの顔認証技術はどのような未来を描いているのだろうか。今岡NECフェローに伺った。

生体認証で、カードや鍵が不要な社会へ

今岡NECフェロー:
顔認証は、一度記憶した顔を忘れないという特徴があります。また、ユーザーは何にも触れることなくスムーズに認証を行うことができます。一方で難しい部分は、やはり年数と共に顔が変化するという点です。照明条件や顔の向きもにも左右されるため、常に高い精度で認証を行うことが課題です。
でも、例えば銀行のキャッシュカードには4桁のパスワードがありますが、忘れたり、番号情報を盗まれる可能性もゼロとは言えません。どの認証方法も完ぺきではないというのが実情です。その中で、社会においてどこで折り合いをつけるかという部分がポイントになると思います。
顔認証はこの点において、その使いやすさと精度の高さから、間違いなく社会で広く使われる生体認証の一つになると思います。

記者:顔認証技術の精度というのは、実際にどのくらいのレベルなのでしょうか?

今岡NECフェロー:
顔認証は数字的には虹彩認証に並ぶところまできています。例えば、1000万人の顔の中からたった一人を識別する、これができるレベルです。
ただ顔認証の場合、顔が見えない条件下だと顔認証ができません。一方で指紋が取れないシーンだと指紋認証はできないですし、時と場合で異なる生体認証を使い分けることが大事です。

三文判と言われた顔認証の研究 30年の歴史

今岡NECフェロー:
NECでは、指紋認証は1971年から約50年ほど研究しており、業界ではトップクラスです。
一方顔認証は89年から研究を始め、意外と古くから行なっています。しかし2000年頃はまだ性能が低く、社内で「三文判」と言われていました。しかし今では顔認証技術の方が優位に立ち、アメリカの実施テストでも5回トップをとっています。

記者:顔認証技術も最初は社内で評価が低かったのですね。

今岡NECフェロー:
私が顔認証の研究に加わったのが2002年くらいで、その時は顔認証がまだ全然できていなかったのです。当時は指紋認証のチームが隣にいて、「それって本当に役立つんですか」と言われるくらいでした。

記者:しかし、当時から顔認証が重要になるということは分かっていたのですか?

今岡NECフェロー:
僕自身も、これは本当に役に立つのだろうか、と思いながらやっていました。20年前はエラー率が30%もありましたので。
ただ、会社としては指紋認証の次に顔認証が来ると考えていたようです。しかし企業の研究というのは、当たる研究って実は少ないのです。だからこそ、色々な研究を同時に進めています。

記者:代表的な6つの生体認証以外にも、色々な生体認証を研究されているのですか?

今岡NECフェロー:
例えば筆跡認証など、認証方式はたくさんあります。DNAも生体認証の一部ですし、体型や耳の形、歩き方で認証する方法もあります。

記者:現在、顔認証で世界をリードすることになり、当時から振り返ると大躍進ですね。

今岡NECフェロー:
そうですね。当時は皆さん「顔認証」という言葉を知らなかったですし、どちらかと言うと「顔認識」という言葉がメジャーでした。「顔認証」ではなく「顔認識」。今は「顔認証」という言葉が一般的なって嬉しいです。

世界的なベンチマークテストで1位を獲得する確かな技術

 

今岡NECフェロー:
NECの顔認証技術は米国国立標準技術研究所(NIST)が実施したベンチマークテストにおいて、1位を獲得しています。実はこのテスト、意外とテスト期間自体が1年以上もかかるのですよ。
何度もやりとりを繰り返す、厳密なテストなのですごく時間がかかります。2014年のように弊社として参加しなかった年は何をしていたかというと、1年2年の間、苦しみながら仕事をしていました。

記者:それだけのテストで1位というのは、価値があります。

今岡NECフェロー:
2010年にトップをとった時に、世界中から引き合いが来ました。NECは本物かもしれないという証明になった形ですね。
アメリカのテストでトップを取れるかもしれないと思ったのは指紋認証チームのおかげです。指紋認証の部署には守護神みたいなプロの職人の方がいるんです。

人間は1人に対して100万人もの似ている顔が存在する

ところで、社会情勢の話になりますが、やはり顔認証はAI 、ディープラーニングなどと同様に、デジタル化における中心技術です。そこでアメリカや中国、GAFAなど色々な企業が競っています。ここで重要な点は、1人の人物とすごく似ている他人というのは世界に100万人ほどいるとされていることです。それをいかに識別するかということがすごく大事で、これを強調するようなアルゴリズムを書いています。

以下は、NEC として最難関のベンチマークを出していますよということが書いてあります。定期的に行われるオリンピックのようなもので、何年かに一度、一斉にプログラムをだして評価を受けます。

前回のベンチマークでは16組織だったんですけど、今回は49組織になってました。

記者:そうなると、次はもっと増えそうですね。

今岡NECフェロー:
いえ、各社挫折するので、1回増えると減る傾向にあります。そうやって少しずつ減って、また参入してくる企業が増えての繰り返しです。

1200万人から一人を識別する

評価の方法は、約1200万人の静止画画像を登録するのです。1200万人というと東京都と同じくらいです。東京都の人口が登録されているデータベースの中で神奈川県の人が入ってきた時にちゃんと識別して、弾いてください、という具合です。1200万人から一人を選び出して、100%近い確率で当てるというのは難易度が高く、非常に厳しい基準です。

以下はエラー率です。アメリカやインドなどを含めた49社が参加していますが、同じ顔認証でもエラーが0.4%から100%まであります。

記者:御社はなぜこのような数字が出せるのですか?

今岡NECフェロー:
最新の顔認証技術だけでなく、顔認証に特化した評価アルゴリズム等、何年もかけて培ってた知識が大きいと思います。

記者:御社が培ってきた技術に他社が追いつくのが難しいということですね。

今岡NECフェロー:
そこが常に競争でして、他社様も頑張っているしNECも、もちろん努力します。

こちらの図は横軸が認証エラー率、縦軸が検索速度なのですが、検索速度はNECが2.3億件/秒で第一位です。しかしこれは、普通のCPUで行う検索で、1コアだけでこの結果です。

記者:1コアだけですと、一般的なパソコンの CPU よりもむしろ演算力を使っていないです。検索の手順としては、画像が大量にあって、それを検索するということですか。

今岡NECフェロー:
画像の特徴を抽出してから行いますね。顔をなんらかの数式に変えてその特徴量を出し、その後にマッチングするのですが、そのマッチング速度が上記の検索速度です。

以下は経年変化についてです。ここが一番重要で、NECは10年経ってもあまり認証精度に影響が出ません。

記者:本当に誤差が少ないですね。このような成績が出せる秘訣は、研究者様の数も関係があるのでしょうか。

今岡NECフェロー:
実は研究者の数はとりたてて多くないです。

以下は登録人数が横軸ですが、ほとんどフラットです。他社さんはどんどん数字が悪くなっていくので、やはりこういう違いがあるからこそ安心して使っていただけるのだと思います。以上が最新のベンチマークの結果です。

様々な領域で活用される生体認証

今岡NECフェロー:
以下は耳音響の資料です。これも面白いもので、大学の先生にNECさんでやってみないか、とご提案を頂きまして、弊社で取り組むことになりました。

記者:耳音響認証の製品というのは初めて知りましたが、どのような用途があるのでしょうか?

今岡NECフェロー:
2月にトライアルキットのサービスの販売を始めました。例えば各種センサーで収集した装着者の活動情報などを可視化し、いつ、だれが、どのような状態かを把握することができます。

記者:第二の顔認証がごとく、ヒットするかもしれないですね。

今岡NECフェロー:
ヒットするかもしれません。

以下は複数の認証をマルチモデルで組み合わせるものです。例えば顔と虹彩は顔の中でも比較的近くにあります。両方の認証をとるようにすれば、組み合わせにより精度も大きく上がります。

生体認証は、国や社会、個人のレベルまで、認証、セキュリティ、決済、マーケティング、おもてなしなど  幅広い分野で使われています。

医療現場での新しい事例です。特定の会員様向けに、事前に受けたい医療や希望する生活に関する「意思」の確認・登録を行い、緊急搬送などがあった場合、医療機関では生体認証技術により本人確認を行ったうえで、適切な医療を提供するという取り組みを行っています。意識のない状態で、顔や指紋など生体認証による本人確認を行うことで、事前に登録した過去の疾病や生活状態の確認、本人意思を踏まえた医療の提供が可能となります。

インドの国民IDに関する事例です。インドでは全人口13億人の国民IDに対して生体認証が使われており、  顔と指紋、虹彩認証などが使われています。

このように顔認証は様々な領域で活用されています。

記者:これは児童館に入館する時の認証ということですね。

今岡NECフェロー:
子供の顔はすぐに変わってしまうので、昔は顔認証を行うのが難しかったのですが、今は出来るようになってきました。

南紀白浜で行われた実証実験

今岡NECフェロー:
南紀白浜の実証実験では、南紀白浜空港やホテル等各施設と協力し、空港からホテル、買い物まで全て顔認証で決済ができるインフラを構築しました。観光客様には、予め顔認証とクレジットカード情報を紐付けていただくだけで、このサービスをご利用いただけます。ここまでくるとインパクトが大きいと思います。グッドデザイン賞や日経の賞もいただきました。

海外の事例としては、アメリカの出入国管理システム等で導入していただいており、日本企業の技術を使ってもらえるというのはありがたいものです。アメリカの空港に行った時に、「自分が作ったものが使われている!」と気づいたときは、嬉しいですよね。JFK空港を始め、ブラジル、シンガポール、日本等で使われています。米国ではカリバーガーというハンバーガーチェーンでも使われていますね。これはまだ僕も見たことがないです。
このように、事例はまだまだたくさんありますが、多くの場所で使っていただいています。

(後編へと続きます)

インタビュー・執筆
ルンドクヴィスト ダン