そこで本誌は、DXについて、各業界をリードする企業がどのような取り組みを行っているのかを取材し、未来へ向けての考察として読者にお届けすることにした。
本企画では、DXの最前線に立つゲストとして、AI、FinTech、ブロックチェーンなどの先進技術の開発を行うレヴィアス株式会社代表取締役の田中慶子氏を招き、様々な領域でトップを走る企業の代表者様と今後のデジタル化社会について語り合う。
今回は、高齢化社会に対応するために『在宅ホスピスの研究と普及』を推進する日本ホスピスホールディングス株式会社代表取締役の高橋正氏との対談を実現。看護・介護領域における課題と、DXがどのようなソリューションになるのかについて対談を行った。
※本インタビューはオンラインにて行いました。
記者:
本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます。レヴィアス様と日本ホスピスホールディングス様の対談でどのようなビジョンが見えてくるのか、楽しみにして参りました。最初に田中様からレヴィアスについて簡単にご紹介いただけますでしょうか。
レヴィアス 田中代表:
本日はありがとうございます。弊社は2018年2月に設立し、3年目に突入したスタートアップ企業でございます。主にブロックチェーン、AI、IoTなどを開発しております。ブロックチェーンやAIは新しい技術なので、企業様が導入するにあたっては、抜本的な取り組みが必要で、現在着々と幅広い業種のお客様から依頼を受けて開発をしております。
弊社の強みは、フィンテックというカテゴリーを超えて、ブロックチェーンやAIの技術をかけ合わせて、新しい金融市場の開拓に向けた研究開発を行っていることです。今の世の中に存在しているものと新しい技術をかけ合わせてイノベーションを起こしていくことを理念に走り続けております。
記者:
ありがとうございます。続きまして日本ホスピスホールディングスの高橋様より、御社事業のご紹介をお願いいたします。
日本ホスピスホールディングス 高橋代表:
日本ホスピスホールディングスの高橋と申します。社名にある通りホスピス、ターミナルケアが対象になる方などへ、訪問看護・介護等のケアサービスを提供する事業を行っております。
我々は「ホスピス住宅」という名前でサービスを提供しています。
「ホスピス住宅」というのは末期がんや難病など緩和ケアを必要とする患者さんが集まって住む「おうち」です。20室から30室の部屋がありまして、一般のアパートと同じイメージです。そこに訪問看護ステーションと訪問介護ステーションが併設されており、このステーションには看護師や介護士が24時間常駐していますので、切れ目のない安心なサポートが実現できます。
日本は介護保険が先行して社会インフラになっていますので、老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅という制度を活用しながら、末期がんの方と、ALSなどの神経難病の患者さんを主な対象として緩和ケアの提供を行っています。老人ホームのような介護施設でも、病院でもないところにニーズが有るのに、今まで社会で整備されてこなかった。そこに弊社はコミットしています。
アメリカでは余命六ヶ月の診断がでると、メディケア(公的保険)によって全ての人が緩和ケアを受けることができ、46%ほどの方が疾病に関わらず緩和ケアを受けているというデータもあります。弊社は日本で、緩和ケアの対象者を広げていきたいと思っています。
起業する前にヨーロッパのホスピスを視察しました。ヨーロッパでは日本と同様に病院機能の中に緩和ケア病棟があります。ところが、ホスピスと言われているものは街の中に少し大きいお家があって、ボランティアさんと少数の看護師で運営されていたのです。住まいの延長として、利用者さんが主体的な自己決定を保証され、生きたいように生きる場所がありました。光が多く取り入れられた明るい場所で、楽しく活き活きと暮らしていたのです。このような場所が日本には存在しないと気づき、病院の機能の中ではなく、生活、暮らしを中心にして緩和ケアを提供する場所づくりを考えました。
がんの薬の開発や、手術の現場で開発されている医療技術は非常に高度なものです。テクノロジーの最先端だと思うのですが、一方で情報共有の面では遅れているところがあります。
カルテ情報などの個人情報をどのように活用するかという点では、20年以上デジタル化の取り組みは続いていますが、成果は今一つで、今後大きなイノベーションが必要です。未だに決定打になるようなサービスは出ていないと思っています。
弊社のホスピス住宅は、有料老人ホーム等登録した上に、訪問看護・介護ステーションを別々に申請し併設しています。それぞれの情報を別々に管理しなくてはいけない。制度に制約を受けた情報をどのように共有するのかが課題です。
私達のホスピスは一般の老人ホームと違って、重篤な方が殆どです。多くの方は体調の急変が予想されるので、各部屋にカメラを設置しています。同意書の受領確認によって、ご入居と同時にカメラが稼働し、24時間、音声と画像が収録されるので、私達はお部屋まで行かなくても状況がわかります。特に夜間帯は、看護師などの職員が日中に比べ少人数ですので、カメラを使ったモニタリングは非常に有用です。
弊社は全館Wi-Fi環境を準備していまして、ナースコールのボタンを押すとWi-Fi経由でスタッフのスマホにコールがいくようになっています。駆けつけることのできるスタッフが「私がいきます」と押せば、他の人が「あっ、〇〇さんがいってくれた」と認識できる。このシステムによって、スタッフの効率化を図れると同時に、いつナースコールが利用されたかのログを残せるようにもなるわけです。
将来的には、カメラやナースコールを同じように近所のご自宅に提供することで、建物の入居者だけでなく、より広範囲に駆けつけることができると考えています。この万が一の場合には「駆けつける」に人的リソースを提供できるのが弊社の強みです。
職員(看護師、介護士等)をどのように採用していくのかも重要課題です。弊社のビジネスモデルの中心は人材です。どのように人材を集め、ビジョンを共有して活躍して頂けるか、常日頃考えています。一方で、デジタル化によって生産性を改善しないと、外国人労働者の導入だけでは、今後深刻化する人材不足問題は解決できないと思います。臨床現場の生産性をテクノロジーで高めるのは必須です。必須ですが、なかなか進まないのが現実です。
記者:
日本ホスピスホールディングスさんは、様々な角度からDXに取り組んでおられますね。改めますと、以下の3つのポイントになりますでしょうか。
ホスピス業界におけるとても先進的な取り組みだと思うのですが、田中様はどのような印象をお持ちですか?
レヴィアス 田中代表:
とても先駆的ですね。実は私の母は1日90人ほどの患者さんの担当をするベテランの看護師です。高齢なのですが、業界として人員が少ないため、今も頑張って働いています。母に聞くと、看護師さんのケアの方法がそれぞれ違うようです。横の連携が機能せず、患者さんに一番良い対応ができていない。また、患者さんから求められことに対して、どこで線引きしてやるべきなのか。母を見ていて、ケアする側は大変なのだろうなと、強く感じています。
そのようなところをIT、DXすることで解決できる部分はあると思います。海外では、病院やホスピスの業界でブロックチェーン技術を積極的に導入しています。理由は患者さんがいつ入院して、どの主治医で、レントゲンを何月何日に撮影したか、という情報が記録されて、誰にも改ざんができないためです。そうすると、ヒューマンエラーがなくなるメリットがあります。それから、様々な病気の種類があると思うのですが、どの病気に対して、どの薬を何日間投与するかといったデータが蓄積されることは会社の財産です。
また看護・介護業界は人が少なくて、賃金が安いとよく言われています。これからは高齢化社会です。需要は増えていくにも関わらず、労働内容がハードで、定められた賃金が安くては、従事したい人も増えていきません。様々な企業関係者様とお話させていただくと、海外からの雇用を増やしていきたいと仰るものの、違う国で育った方が、日本で働けるのかどうかという問題を抱えていらっしゃいます。その問題の一つは言語です。
例えばAIを搭載した語学教育システムなどは、言語の課題を解決してくれます。外国人が日本に来て、日本語学校に通うというのは費用面から難しい。一方でアフリカやインドでも、どこでもスマートフォンが普及してインターネット環境もあります。インターネットの回線を利用して、AIを搭載した日本語教育システムを利用するのは非常にメリットが大きいと言えます。
緩和ケアで考えますと、東京で緩和ケアを受けている患者さんのご親族が遠方の場合に、突然東京に来てくださいというのは難しいです。患者さんの意思を確認できない場合に、モルヒネの投与の可否を誰が判断し、実行するのかが問題になってきます。紙面でサインを貰う必要があるのですが、遠方で親族の方が来られない場合は郵送に時間がかかってしまいます。そういったときにクラウドサインと言いまして、遠方でも覚書、レギュレーションに則る親族のサインを数分で発行できます。
時代が変わってきているという意味で、サインなどはデジタル技術で便利になると思っています。さらに雇用の部分で、eラーニングもAIを活用すれば統一した教育が培っていける。そう考えると今までよりも外国人労働者さんを受け入れる垣根が低くなると思います。
記者:
ありがとうございます。前半で仰ったブロックチェーンを使って情報共有というのは、カルテの共有に向いていると思います。ここで高橋さんにお聞きしたいのですが、20年前から電子カルテのアイディアはあったとのことですが、未だにデジタルで共有するインフラが整っていないのは、どのような課題があるのでしょうか。
日本ホスピスホールディングス 高橋代表:
そうですね、まず20年前の時点では、パソコンで個人情報を打ち込むには、ハードもソフトも未成熟だったので労力がかかりました。現場の人がデジタルリテラシーを身に着けるインセンティブがないという問題もありました。現場の患者さんの命が大事で、人が手をさしのべることが重要と考え、機械やITを使うと心が伝わらない、という考えも多かったと感じます。
そして、今でも同じ問題が続いていると感じられます。
私自身も、ブロックチェーンというものは、金融の方だけのテクノロジーだと思っていました。情報をしっかりと保持するセキュリティも含めたシステムだというなら多方面に可能性がありますよね。
レヴィアス 田中代表:
例えば、処方箋を持って薬局に行くときに、病院と薬局の連携がとれていないと、お客様が待たされたりですとか、薬の間違いなども海外では結構あるそうです。中国などの人口の多い国は、投与する薬や調剤薬局全てをデータ化しないと管理が行き届きません。
日本ホスピスホールディングス 高橋代表:
日本人は個人情報に過敏な気がします。今回のコロナウイルスの件も中国では国民一人ひとりにIDがふってあるので、カメラとスマートフォンのGPS情報でコントロールしてあの結果が出たのだと思います。そこはトレードオフで、個人情報をしっかりと信頼できるところに提供することで、自分たちの安心安全にフィードバックされるということを、多くの人に理解してもらう必要があると思います。医療界をいきなり変えるのは難しいので、私達のようなホスピス業界が先頭を切って技術を導入していくことがアドバンテージになると思っています。
もうひとつの課題は看護師・介護士が現場で何をしたのかは、スタッフの記録を信じるしかないということです。本当に訪問したのかまで疑い始めると際限がなくて、ブラックボックスになっています。そこで、GPSを活用して訪問したかどうかの裏付けを取れたり、何をしたのかスマートフォンで確認ができて、利用者さんにもクラウド上で認証して頂けるようになると、ブラックボックスという経営者にとっての課題を解決できる可能性もありますね。
記者:
何をやるべきか、どのようなソリューションを提供したらいいのか分かっている状態にも関わらず、実際の導入が進まないというのが日本の課題と言えるのでしょうか。
レヴィアス 田中代表:
日本は保守的でガラパゴスです。弊社の強みはお客様も気づいていない潜在ニーズを引き出して、業界的にマーケティングしていくところです。様々な領域で受託開発をしているので、開発した技術は次に活かせます。A社さんに納品したもの、B社さんに納品したもの、そしてA、B社に納品したものの技術を組み合わせてC社に提供することでコストも安く出来るのです。
1つのサービスを作っても、利用する会社のニーズはそれぞれ違いますし、お客様自身もニーズがわかっていないことがあります。潜在的なニーズを引き出して、一元管理していく。人がやらなくて良いことはデジタルに任せれば良いですね。介護なら介護に集中できるようにすることが、本来あるべき姿です。そのような時代になったら、さらに働く方は楽しめる方向に変わるのかなと思います。
日本ホスピスホールディングス 高橋代表:
弊社としては、テクノロジーが進化している中でも、利用者さんとコミュニケーションをとるインターフェースとしては人の力が重要だと考えています。顔色をみるとか、ご家族の様子を見たりとか、どう生きたいか聞くとか、総合力としては人間でないとだめなのです。
AIやITが重要になると思うのですが、技術によって看護師・介護士の働き方を変えなくてはいけません。
レヴィアス 田中代表:
そうですよね。私はたまに家に帰ると母がいつも机で作業報告書を書いているのです。
日本ホスピスホールディングス 高橋代表:
医療現場では働き方改革といっても、現実は、残業出来ません、なんて言っていられない状況です。今まで日本では日常的にそういう働き方をしています。一方で、アメリカのナースの話を聞くと、18時になるとぴったりに帰る。ナースも患者さんも当たり前に思っているので問題になりません。日本もアメリカのようなシステムに学ぶべきです。命を守る仕事だから自分を犠牲にしなくてはいけない、というのはいい加減やめなくてはいけない。属人的に品質が左右されているところもマニュアル化しつつ、患者さん一人ひとりの特性もしっかりと見る仕組みが必要だと思います。
記者:
すでに先進的な取り組みをホスピス業界で行っている日本ホスピスホールディングス様と、DXを先導するレヴィアス様のお話は非常に興味深いものでした。本日はお時間頂戴しましてありがとうございました。
いかがだっただろうか。一見、DXが浸透していないと思われるような看護・介護業界でも、スマートフォンでナースコールを共有したり、カメラで要介護者をモニターしたり、先進的な取り組みを日本ホスピスホールディングスは行なっている。私たちの知らないところで、テクノロジーは確かに導入されているのだということを感じさせられた。
一方で、レヴィアスの田中代表が言うように、人が負担しなくて良い部分をテクノロジーが代替できるようになるには、地道なインフラ構築と発想の転換も必要そうだ。
技術で可能性を切り開くレヴィアス社と、人と技術が接する最前線に立つ日本ホスピスホールディングスの取り組みは、立ち位置は違えど同じ方向を向いているように感じた。
これからも両社の取り組みに是非注目したい。
インタビュアー:ルンドクヴィスト・ダン
執筆:塚田愼一