そこで弊社は、DXについて、各業界をリードする企業がどのような取り組みを行っているのかを取材し、未来へ向けての考察として読者にお届けする。
本企画では、DXの最前線に立つゲストとして、AI、FinTech、ブロックチェーンなどの先進技術の開発を行うレヴィアス株式会社代表取締役の田中慶子氏を招き、様々な領域でトップを走る企業の代表者様と今後のデジタル化社会について語り合う。
今回は、空間づくりのプロフェッショナルである一方、新たなプロジェクトとしてブロックチェーン技術でアート作品の証明書を発行し、販売も行う「B-OWND(ビーオウンド)」を運営する株式会社丹青社の文化空間事業部 事業開発統括部長 吉田清一郎 氏と同社 B-OWND プロデューサー 石上賢 氏との対談を実現。
既存のアート市場の課題やアーティストを支援するためのセキュリティトークンの活用など、今後日本のアートをどのように技術でサポートしていくのかについて白熱した議論が行われた。
レヴィアス 田中代表:
レヴィアス株式会社の田中と申します。弊社は2018年に設立されたIT会社で、主にブロックチェーン・AIのシステム開発を行っています。昨年からフィンテック分野ではSTO(セキュリティトークンオファリング)市場の仕組みを研究しており、独自のプラットフォームも開発しています。
記者:
田中さん、ありがとうございます。続いて株式会社丹青社様のご紹介をお願いします。
丹青社 吉田統括部長:
株式会社丹青社の文化空間事業部 事業開発統括部長の吉田清一郎と申します。私たちは「空間づくり」を主業として、商業施設、文化施設、ホテル、オフィス、イベントなどにおける調査・企画・設計・施工、近年は運営まで行っています。
私が所属する文化空間事業部は博物館や美術館に関わる部署で、ここ数年はデジタル関連の新規事業も行っています。今日は、当社が開発しているブロックチェーン技術を活用してアート作品をオンラインで販売するプラットフォーム「B-OWND(ビーオウンド)」について主にお話しできればと思っています。
今回、丹青社のデジタル化の取り組みのうち以下の3つをお話しします。
近年フィジカル(リアル)空間にデジタルテクノロジーを活用した空間演出のニーズが高まっています。専門チームとしてCMIセンター(クロスメディアイノベーションセンター)を立ち上げて、2018年には空間とテクノロジーの連携による新たな価値づくりをさまざまな企業やクリエイターと協働するための研究開発・実証拠点を開設しました。
またNTTドコモ様との協業によるデータの空間活用も行っています。例えばドコモ様のモバイル空間統計®の活用がそのひとつです。ドコモ様の携帯電話ネットワークが基地局につながる仕組みを利用して、個人を特定することなく人の移動情報を定量的に把握することができるので、空港やサービスエリア、美術館といった人の行き交う空間づくりを手がけるなかで、収集したデータを分析して空間デザインへの活用が可能になります。
データの空間活用という意味では、新型コロナウイルスをはじめとした感染症対策など、安心安全な空間づくりや施設運営を行うために、テクノロジーをどのように活かしていくかも、重要になると思います。
文化空間事業部では、文化芸術資源を活かした新規事業の開発をしています。後ほどお話しさせていただく「B-OWND(ビーオウンド)」や、日本最大級のミュージアム情報サイト「Internet Museum」の運営、日本の博物館、美術館の課題をデジタル技術で解決する事業の開発を進めています。
現在、進めているのは、オフィスにおけるアートの効用を検証するというものです。様々な企業が参加して未来のオフィス空間の実現を目指す『point 0 marunouchi』という会員型のコワーキングスペースの実証実験に当社も参画していて、そこにアートを取り入れたらどのような効用があるのか科学的効果を検証したいと考えています。
記者:
オフィス空間におけるアートの効用を検証するというのは、具体的にどのようなことを行うのでしょうか。
丹青社 吉田統括部長:
例えばアートがオフィス内にあることで、人の動線がどのように変化したかを、オフィス内に設置されているセンサーで計測することが可能です。また、従業員の感情の変化を測定するために、理研ベンチャーと共同開発した「KOKOROスケール for Workstyle」というスマホアプリも活用できます。そのような計測ツールと組み合わせることで、オフィスにおけるアートの存在が感情や行動にどう影響するのかデータを計測できます。
記者:
空間に関係したデータを計測してマーケティングに活用し、空間の中で何が起きているかを様々なデバイスで管理できるということですね。
丹青社 吉田統括部長:
はい。以前より、私たちは「空間はメディアである」と考えて、空間を通じて様々な取り組みを行ってまいりました。デジタル技術の発展に伴い、今までよりも計測の幅が広がったデータを活用することで、空間利用者の感情に寄り添った場を提供できるようになると思います。
記者:とても先進的な取り組みですね。レヴィアスさんは開発企業として、丹青社さんの取り組みに対してどのようなお考えを抱かれますか。
レヴィアス 田中代表:
丹青社様の、空間データを活用することでお客さんがより気持ちよく過ごしていただくというアプローチは、それにより収益が上がるようなマーケティングもでき、多くのクライアント様にとって価値があると思います。デジタル化により行動や感情が数値化されて、それをデータとして活用することで空間ビジネス業界のトップを走っていらっしゃると感じました。
丹青社 吉田統括部長:
そうですね。もうひとつ当社が重要視しているのが「社会的意義」です。「B-OWND(ビーオウンド)」も工芸に携わる後継者不足などが理由で日本の文化の担い手が減っていく状況を解決したいと考え、立ち上げました。私には、これからの日本に文化芸術は欠かせないという強い思いがあります。そういう意味で、美術館や博物館についても、より多くの人に足を運んでいただくため、デジタル技術を積極的に取り入れることで人と街と文化を繋げ、地域創生に貢献できると思っています。また、キャッシュレス化を推進することでより簡易でより安心安全な施設運営をお手伝いしていきたいです。
レヴィアス 田中代表:
ブロックチェーン技術を活用した「B-OWND(ビーオウンド)」は、芸術家の作品をプラットフォーム上で販売するということだと理解していますが、実際にはどのようなビジネスモデルなのかお教えいただけますか。
B-OWND 石上プロデューサー:
B-OWND プロデューサー 石上 賢 と申します。「B-OWND(ビーオウンド)」は主に現代アートと工芸(うるし、竹や陶器など自然素材を用いた作品)の中間にあるような作品をキュレーションしており、以下の3つの特徴があります。
なぜ日本の工芸を対象にしているかと言いますと、工芸は現代アートと比較して付加価値の上がり方がまだ低いと考えられるため、今までアートとして扱われなかった工芸をクラフトではなく、アートとして発信していくのも、価値を上げる一つの意義だと考えています。
メディア運営により作品やアーティストの紹介を行って、アートをもっと身近に感じてもらえるよう、“アート”そのものへの壁を払拭するコンテンツを作っています。こちらは今後多言語に対応していき、国内アーティストの国際的な発信力を高めていきたいと考えています。また、Eコマースにより、国内外への作品の販売を実現していきます。
「B-OWND(ビーオウンド)」の特徴はブロックチェーン技術を使用して、アート作品の証明書の発行をしていることです。今までの管理方法(箱書き・紙の証明書)だと、それが誰の作品で、誰の手に渡り、どこに展示され、どのように評価されたのかといったような、付加価値の可視化が難しい。そこでブロックチェーン技術を使用することで改ざん不可能な情報を残し、付加価値を可視化できようになります。ブロックチェーン技術の採用はアーティストにもメリットがあります。例えば、アート作品は一度売却すると二次流通市場ではアーティストにお金が入りませんでした。ブロックチェーン技術を活用することで、アーティストに落札金額の一部を還元できるエコシステムの構築も可能になります。
記者:
丹青社様の取り組みはブロックチェーンでアート・工芸の流通を管理する次世代の取り組みですね。セキュリティトークンについても検討中ということでしたが、どのようなアイディアをお持ちですか?
B-OWND 石上プロデューサー:
はい。アーティストにとって作品の売買だけでなく、資金調達も重要です。例えば漆を使った作品は、完成まで数年かかる場合があります。そこで事前に作品を証券化することで、投資商品になる可能性があるのではないかと思ってます。知人からSTO(セキュリティトークンオファリング)の存在を聞き、アートとSTOを掛け合わせる方法を検討しています。
記者:
ありがとうございます。一方でこれは、STOではなく、クラウドファンディングでも可能なケースがあるでしょうか?
B-OWND 石上プロデューサー:
クラウドファンディングでも資金調達は可能ですが、アート作品に対する寄付だとインセンティブが少ないという問題があります。例えばクラウドファンディングではリターンとしてポストカードの発送や、工房の訪問といった案はあるのですが、それではお金を払う側がメリットを感じづらい。そこで、セキュリティトークンを活用して作品の価値が上がった際に投資家に利益が出る設定を考えています。
記者:
なるほど。レヴィアス様は国内のセキュリティトークン市場で最先端を走っておられますが、B-OWNDのケースはどのようにお考えですか。
レヴィアス 小町ディレクター:
一般的に、セキュリティトークンは有価証券に該当する権利が表章されたデジタルトークン(ブロックチェーン上のデータ)と言われます。このことから、STOは有価証券に関する募集行為等にあたる性質があるので、アート作品に配当金などの金銭的な対価を得る権利を投資家に販売する場合、購入型、寄付型と呼ばれるクラウドファンディングの仕組みでは行えません。B-OWND様の考えるインセンティブ設計を実装するにあたり、金融商品取引法における有価証券に関する調達スキームがポイントかと思われます。
記者:
漆の場合、1つの作品の製作に数年かかることもあると仰っていました。何年も先の収益性をどう示すかがポイントとなるでしょうか。
B-OWND 石上プロデューサー:
はい。現状2つの考えがあります。1つ目は作品の売却です。二次流通以降で付加価値が上がっていくことにより、落札金額の数%を所有者に分配することができます。2つ目は完成した作品を美術館やオフィスなどにレンタルして、展示費用やレンタル費用の一部を分配するという方法です。
丹青社 吉田統括部長:
作品の画像をロイヤリティとして展開するなど、違うビジネスで運用することで複数の収入源を持つことも可能かと思います。
記者:
そろそろインタビューも佳境になりました。両社様は様々な分野のデジタル化に携わっておられますのが、今後解決していきたい課題や展望などお聞かせいただけますか。
B-OWND 石上プロデューサー:
「B-OWND(ビーオウンド)」で活用するブロックチェーンの大きな課題は、フィジカルの作品とデジタルにどう整合性を担保するかという部分です。作品の証明書には制作年やサイズなど詳細な情報を掲載していますが、100%手元の作品とデジタルがつながっているとは担保できず、現状はお客様とアーティストの善意に頼っています。
また、ブロックチェーン以外のところでは、日本でアートを買うという行為に対してハードルが高く市場規模が小さいので、国内アート市場を活性化させたいです。2018年のアート市場の規模は世界全体で7兆5000億円ほどで、アメリカ・中国・イギリスの3カ国が全体の80%以上を占めています。一方で日本は推計3400億円ほど(2018年)でアートを買う習慣がなく市場規模も小さい。そこでアート作品をより身近に感じていただき、購入につなげるためにどうすれば良いかを模索しています。
丹青社 吉田統括部長:
オンラインでのアート販売は欧米では伸びているのですが、日本はまだ未成熟です。ブロックチェーン技術自体の浸透も日本では不十分なので、その市場を成長させることが課題となっています。
新型コロナウイルスの影響から自宅で過ごす時間が増えて、デジタル化も急速に進んでいます。滞在する空間でいかに心地よく過ごすかにも注目が集まっていますし、B-OWNDでは個人でもオフィスでも、様々な空間でアートを楽しむきっかけを提供できればと思います。また、空間づくりにおいても、空間とテクノロジーを結ぶアプローチを続けて、空間に新たな価値を提供できるよう今後も事業を進めていきます。
レヴィアス 田中代表:
日本の工芸を国内だけでなく、海外のお客様に販売できると付加価値が上がっていくのではないでしょうか。私の中国の知人は日本の工芸が好きでかなりの額の作品を購入しています。海外ではアートのオークションが盛んで市場規模も大きいので、そういったお客様が参加できる仕組みを作ることで市場が活性化されますし、日本のアーティストが世界に知られる良い機会になるのではと思います。
レヴィアス 小町ディレクター:
内閣府が公表したSociety 5.0という展望のもと技術支援などが行われています。あらゆるデータがものと繋がる未来社会ではDFFT(Data Free Flow with Trust)、つまり信頼性のあるデータの移転をどう実現するかが最も重要です。
アフターコロナのデジタル社会にブロックチェーン技術が活用されるにあたり、データガバナンスの重要性がより高まり、データへの信頼性が基盤にあってこそ様々なサービスを実現することが可能になります。だからこそ、弊社が推進する契約の流動化も大きな意味を持つようになると考えています。
いかがだっただろうか。アートとブロックチェーンという観点から、なかなか普段は見ることが出来ない裏側の仕組みを垣間見ることができた。日本のアート市場が世界に比べて規模が小さく、後継者不足の問題も発生している。長きにわたって空間づくりに携わってきた丹青社が空間にアートを取り入れ、ブロックチェーン技術を活用してアーティストの支援を行うことは非常に大きな意味をもつだろう。内閣府も推進するSociety5.0というビジョンのもと、デジタル化しきれないアート作品を支援し、どのように便利で豊かな生活を提供していくのか。今後の両社の取り組みを注視していきたい。
インタビュアー:ルンドクヴィスト・ダン
執筆:塚田愼一