これだけを見れば戦略の奏功だが、そのためには社内の人心の安定が必須である。社員の入れ替わりが激しい不動産業にあって、紫原氏は業界体質を是認していない。「業績が悪化するとしたら市況などの外部要因でなく、組織の崩壊など内部要因による」と認識して従業員満足を重視し、年4回の人事評価や表彰制度等、従業員のモチベーション向上に取り組んでいる。こうした様々な施策により、近年の年間離職率は10%台で推移している。
この人事は、社員を経営の中心と考える人本主義経営の実践とも言える。人本主義は1987年に一橋大学教授の伊丹敬之氏(現名誉教授)が著書『人本主義企業』で提唱した概念で、実態は離職率に端的に現われる。離職率の評価基準は業種によって異なるが、それでも毎年10%をはるかに超え続けていれば、多くの場合は組織に求心力が働かず、つねに瓦解のリスクをはらんでいると見てよい。
同社は今後、先にふれた海外事業のほかに、介護関連事業を本格化する。すでに住居にデイサービスを併設した賃貸物件を20棟建設したが、新たに高齢者向け賃貸マンションを展開していく。有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅は家賃負担が重いという現状を踏まえ、月額賃料10万円程度の物件を開発し、1階には訪問看護ステーションを配置して健康相談や安否確認などを行う構想だ。
何年後に株式上場を計画しているのだろうか。
紫原氏が即答した内容は意外だった。「上場を資金調達の手段のひとつとして視野には入れているが、中期経営計画には盛り込んでいない」。しかし一方で、自己資本比率をもっとも重視する経営指標ととらえ、利益率にこだわった経営をすすめている。
昨今、紫原氏は日本を空けることが多い。シンガポールと台湾に設立した現地法人を拠点に、日系企業の現地でのオフィス確保や、日本国内の不動産を対象とした海外投資家の開拓などを精力的に進めているのだ。
そうした日々から「休日にはゴルフをやって、そして2人の子供たちと過ごしたいのだが、どちらもできていない・・・」。満足感が公私におよべば申し分ないのだが、現状ではこれがやや不足しているようだ。