オープン当初の「せかいち」は相応の収益を出していたが、大塚氏の基準では「普通の水準」だった。フランチャイズ(FC)展開で一気に多店舗化する方針だったが、「圧倒的に勝っていない店をFC展開しても、普通のFCにしかならない」と判断して、大塚氏は自ら路上キャッチをはじめる。空中店舗という不利な立地をカバーする目的もあったが、さらに顧客が店を選ぶ動機をヒヤリングしたのだ。
どの店に入る顧客にも次々に声をかけて「どうして、この店を選んだのですか?」と尋ねて、入店動機を把握していった。この取り組みを5カ月間つづけたこところ、明らかになったことが2つあった。
ひとつは、顧客は入店した時点で店選びが終わっているので、店内でアンケートを取っても意味がなく、店選びの意思決定時にアプローチをしないと集客につながらないこと。大塚氏は「お客さんの行動を見ていると、うちの店が選ばれた理由も外された理由も、ほかの店が選ばれた理由も外された理由も、よく分かってきました」と振り返る。
もうひとつは「NOの排除」である。「せかいち」は尖ったもつ鍋を差別化要素にしていたが、意に反して、これが外される理由になっていた。夜の飲食街を歩く客はグループ客が多く、歩きながら店を選ぶ時に優先されるのは、特定の料理よりも、むしろ皆で楽しく過ごせる場所かどうか。もつの美味しさを訴求すれば「もつは苦手」というメンバーが出てきて外されるなど、差別化によるYESの追求はNOに転換し、街をさまようグループ客への訴求にはならなかった。
「誰かが『この店じゃないと嫌だ』と主張するのではなく、『この店でいいんじゃない』という判断で、皆にとって嫌でない店が選ばれていたのです。集客力を強化するポイントは、YSEの追求ではなくNOの排除であると気づきました」(大塚氏)
NOの排除をどのように実践したのか。キャッチでは自店をアピールせずに顧客の要望を聞き出した。例えば「ピザを食べたい」「寿司を食べたい」「個室で飲みたい」「一人2000円以内で飲みたい」「朝まで呑みたい」などといわれても、すべて実現させた。近隣からピザや寿司を買ってきて用意し、あるいは個室を設営してNOを排除し続けたのである。
声をかけた相手はほぼ100%が来店し、「せかいち」は1日4回転で営業利益率は40%という高収益店に大化けした。その後は「ぶん回すようにして」(大塚氏)多店舗化を進めて、5年間に直営で85店まで出店する。すべて初期投資の低い空中店舗だったが、キャッチによるNOの排除によって、全店とも毎月200万円前後の営業利益を計上しつづけた。
ところが、風向きが一変する。折から悪質なキャッチがのさばりはじめたのを機に、警察が検挙に着手するなど、キャッチが社会問題としてクローズアップされるようになった。大塚氏は全店でキャッチを止め、インターネット集客に切り替えていく。
同時に業態の転換も進めた。ネット上の動線を解析し、店舗ごとにニーズが見込まれる業態を抽出して、店舗のモデルチェンジを図った結果、業態がどんどん増えて、現在は65業態70店舗。これだけの店舗に対して、Globridge(グロブリッジ)は「SCM」(ストア・チェンジ・マネジメント)という概念を創出し、各店舗が商圏特性を踏まえて独自に戦略を立案・実践する運営方法を整備した。
大塚氏は「現場の社員には自分たちで開発した業態なので張り合いがありますが、会社にとっては効率性が課題です」と打ち明ける。
経済ジャーナリスト
小野 貴史