MBS社が取り組んだのは、患者目線と医療の観点に基づき、微量の血液でより簡便に誰でも活用できる検査手法とその製品の開発、検査情報の活用の幅を広げる検査データ共有システム、ネットワーク上で運用管理する微量血液検査専用コンパクトラボの構築を3本柱とした微量血液採血検査の事業化だ。
「社名のマイクロブラッドサイエンスには、微量血液の科学という想いが込められており、微量血液検査に特化した製品の研究を続けてきました。毎日採血するような重大な疾患をお持ちの方、採血が困難な老人や子供。彼らの負担を少しでも軽減できればと考えたのです」(岩澤氏)
そんなMBS社にとって追い風となったのが、2014年3月31日臨床検査技士法に基づく告示改正により、薬局などでの自己採血検査が正式に認められたことだ。また、米国のベンチャー企業「Theranos(セラノス)」社の当時の台頭ぶりも大きな刺激となったようだ。同社は2003年に創業者のエリザベス・ホームズがわずか19歳でスタートアップした会社。「指先からの血液一滴で全てがわかる」と謳い話題になり、2014年当時には企業価値が90億ドル以上となるなど注目を集めていた。MBS社の岩澤氏は、同社をライバルと位置づけ、今まで以上に研究活動に専念したという。
「ただ、微量採血検査の事業化は簡単なことではありませんでした。問題点が二つありました。一つは、いかに医療界や医師の賛同を得るかです。臨床の専門家の方々に認めてもらわないと導入していただけません。もう一つが、事業を推進するための体制をどのように構築していくかでした。血液検査の方法を変えるともいって良いほどのチャレンジなので、MBS社だけの力ではできません。事業パートナーと連携していく必要がありました」と岩澤氏は振り返る。
そこで、MBS社では医療界の賛同を得るために、まず最初に共に慶應義塾大学名誉教授である相川直樹先生と国際医療福祉大学検査部長、日本臨床検査医学会の理事であった渡辺清明先生に相談をした。
「両先生からは、『既存の微量採血検査は精度が保たれていないので、医療現場では通用しません。もし貴方たちが、現在行われいる血液検査と同程度の精度の検査を実現できるのならば開発に協力しましょう。』というお言葉をいただきました。嬉しかったですね。何とか、その期待に応えたいと思い必死に取り組みました。
もう一方のパートナー探しも順調に進んだ。多くの投資家の方々や企業が興味を示してくれたのである。そのなかで、MBS社が選んだのは、日本最大級の規模を誇る医師や看護師の人材紹介会社であるMRT株式会社であった。
「スマホで24時間365日医師に相談できるアプリ『ポケットドクター』のお話しを聞き、シナジー効果を創出していけるという理由もありましたが、何よりも決め手となったのは、馬場社長の医療を変えたいという強い思いです。2015年8月に業務提携を結ばせてもらいました」(岩澤氏)
2016年12月、遂に微量採血検査の製品化は成功した。MBS社が開発したのは、血液検査をより身近に、より簡便にする「MBS微量採血デバイス」と、その検査結果を活用するためのスマホアプリ「Lifee(ライフィー)」、微量血液検査を専門に行う検査センター「コンパクトラボ」だ。
「MBS微量採血デバイスは、指先から簡単に良質な血液を採取することができる、とてもシンプル、かつ便利な器具ですが、医療の世界でも採用しうると評価されています。また、Lifee(ライフィー)は利用者目線でいえば検査結果を全てスマホで管理できるアプリであり、事業者目線では血液検査の受付、指示から結果参照まで一貫したシステムとして提供されます。コンパクトラボではクラウドと連携して迅速かつ正確な検査を行えます。それによって精度保証された結果が得られます。いずれも大きな効果が期待できます。健康への第一歩となりうるものだと信じています」と岩澤氏は補足する。
続く、2017年3月には相川直樹博士と渡辺清明博士の協力により、日本の臨床検査分野で最も権威のあるとされる日本臨床検査医学の機関紙である「臨床病理」に「新規採血用具によって採取した指頭微量血と通常の静脈血を試料とする血液検査値の相関について」という論文を発表。まさにお墨付きを得ることができた。
「これを機にテストマーケティングを行いました。国内向けには病院での採用はもちろんのこと、薬局チェーン、スポーツジム、銀座に設けた専用採血所などでの採血サービスを展開、法人企業での福利厚生の一環として定期的な採血サービスを導入してまいりました。加えて、当社は世界展開を視野に入れているので、大手旅行代理店を通じて訪日外国人を対象とするマーケティングも実施しました。トライアンドエラーを繰り返し、ユーザビリティーの向上を追求してきたのです。既に検査の受付システムやスマホアプリ「Lifee(ライフィー)」は日本語と英語の2か国語対応の仕様になっております。これからは検査利用者へのヘルスケアサービスの拡充といった面で、例えば資本業務提携先であるMRT株式会社の『ポケットドクター』との連携強化など様々なツールやサービスを組み込んでまいります。」
実際、今回の取材にあたりMBS社が開発したアプリを体験してみたが、完成度はかなり高い。やはり、診療所や病院でなくてもどこでも血液検査ができるのはありがたい。しかも、採血量はわずか一滴。「あんなにたくさん血を採られないといけないのか」という思いはもうしなくても済みそうだ。また、データをスマホで自己管理できるのも嬉しい。数値がどう変化してきているか、基準値とどれだけ乖離しているかなどを見える化しているからだ。これなら、運動や食生活の改善などに向けてもアクションを起こしていける。血液検査に留まらない利点を提示しているといっても良いだろう。さらに医学誌・臨床病理での論文発表に続いて、大学病院との新たな臨床的検討の論文投稿に取り組んでおり、今後も種々の検査項目についても検討し、随時検討結果を公表していく姿勢は、利用者からすると非常に安心できると思う。
「テストマーケティングだけでなく、特許の取得やFDA などの認可申請も進め、ようやくすべての準備が整いました。2018年からは、いよいよ本格的に事業を展開していきます。まさに、『わずかな血液が健康の未来を大きく変える』といって良い、壮大なプロジェクトです。それも、日本だけではありません。世界展開も同時に推進していきます。既に中国や米国の現地パートナーと話が進んでおり、来春以降の市場参入を目指しています。そのままヨーロッパやASEAN諸国への展開になります。マーケットは全世界。世界が変わるようなことをやろうとしているのです」と岩澤氏は、今後のビジョンを語る。
MBS社の新たなソリューションは、ヘルスケアシーンも変革していくのではないかと予感させる。
「私たちが提供するのはヘルスケアサービスのコアとなるエビデンスデータを提供する微量血液検査技術やプロダクトと、これを軸にして創生されるヘルスケアサービスのためのプラットフォームであり、インフラです。すべてを独占するつもりは無くオープンプラットフォームで考えております。もちろん、技術やデバイスは参加してくださる様々な分野での事業者様に全部提供してまいります。どんどん使ってもらいたいからです。将来的には検査を組み込んだサービスや検査結果を活用するサービスが付加価値を生むので、検査そのものは無料でも良いと思っています。理想としては、世界中である一定の年齢に達したお子様に無料で血液検査ができるような仕組みを作りたいですね。恐らく今後は、さまざまな関連事業者様が参加され、新たなヘルスケアサービスを伴った市場が創造されていくことでしょう。自分の健康状態を知った上で、どのような食事を摂ったら良いか、どのような運動をすると良いか、などをサポートしてくれるサービスも生まれてきます。そして健康な人が検査結果の数値変動を見て、かかりつけ医などの専門家に相談に行き、重篤な疾病でも早期発見、早期治療が行えるというような仕組みが生まれてくると思っています。」(岩澤氏)
誰もが病気にならないほうが幸せだと思っている。それは国にとっても同様。生活の質向上や医療費の削減につながるからだ。そうした社会の実現に向けてMBS社がどんな挑戦をしていくのか。今後も注目していきたいものだ。
岩澤肇(いわさわ はじめ)
株式会社マイクロブラッドサイエンス(MBS) 代表取締役
慶應義塾大学経済学部卒業後 協和発酵工業株式会社入社。同社システム部部長などを務める。情報処理推進機構(IPA)試験委員並びにFIFA日韓ワールドカッップ情報システム委員、日経コンピュータ書評委員などを歴任。協和発酵工業株式会社を退社後、株式会社リージャー代表取締役に就任し同社の指先微量採血器具の開発製品化を行う。株式会社リージャーを退職後、株式会社マイクロブラッドサイエンスを設立し、代表取締役に就任。東京医科歯科大学にラボを設立し、同大学と共同研究開発等を行う。
ライター
袖山 俊夫