そこで退職する社員に理由を聞いたところ、ひとり一人の理由が違っていた。たとえば大半の理由が給料への不満ならば、給料を引き上げれば解決できたのだろうが、家庭の事情、労働時間、会社の所在地、他の仕事への関心など千差万別だった。青野氏は「そうであれば、ひとり一人の事情を踏まえて人事制度を設計するしかない」と考え、社員から意見を募ったところ、じつに多様な意見が出た。
産休を長く取りたい。残業をしたくない。短時間勤務で働きたい。週3日しか出社したくない。在宅勤務をしたい。基本的に出社したくない。週の半分は他の会社で働きたい――こうした意見を受け入れて制度化してゆく。傍目にはダイバーシティー経営の実践にも見えるが、そうではない。ダイバーシティー経営の動機は「会社に多様性がない」ととらえることだが、同社は「すでに十分に多様な社員が集まっている」と考えたのだ。
「社員のモチベーションを上げるための制度というよりは、社員が自分のモチベーションを上げるために制度を提案し、実現に至っている。だから離職率が下がるのは当然である。ときどき社員から『辞める理由がない。居たいわけではないけれど』とも言われるぐらいに(笑)、不思議な感じになってきた」(青野氏)。
残業の有無、短時間勤務、週3日勤務、最大6年の育児休暇、再入社、独立支援、副業の自由化、部内イベント援助などの制度を実行しているが、制度を固定化および一律化せず「生もののようにどんどん変っている」(青野氏)。効果が認められず廃止される制度もあれば、在宅勤務のように期間限定や部門限定で試行して、効果や問題点を検証するケースもある。
経済ジャーナリスト
小野 貴史