志と時代認識を触発される
社会起業家にはNPO活動をビジネス化したイメージがあるが、世界を席巻するような経営者は、誰しも本質的に社会起業家である。社会問題を事業で解決する営みを大規模に続けたからこそ、席巻できる地位を築けたのだ。
オンライン旅行事業のアドベンチャー社長・中村俊一氏も、社会起業家を志している。
中村氏は、起業への学びの場として入学した慶応大学商学部時代、慶応大学出身の著名経営者たちが講義する授業を受講した。キッコーマン取締役名誉会長の茂木友三郎氏、国分会長の國分勘兵衛氏、サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏など約20人の講義と開発経済学等の授業には、共通した教えがあった。
おおむね、こんな内容だったという。企業経営で利益を上げるのは当たり前だが、利益の追求だけでは、これからの時代に経営は成り立たない。起業する意味もない。大学に入れること自体恵まれているのだから、起業するのなら、恵まれた立場を生かして社会に役立つことをやるべきではないのか――。
中村氏はおおいに啓発を受けた。
「60代や70代の経営者がITについて語るのを聴いて、時代が大きく変わっていくのだなと。ITを活用すれば、国境を超えて社会起業家として仕事ができるのではないかと感じました。そしてマイクロソフトが社内ベンチャーで立ち上げたエクスペディアの台頭を見て、オンライン旅行業をグローバルに展開すれば、世界中の消費者に旅行を安価に提供できると考えました。戦後に創業して、日本の復興に尽くして世界的な企業になった自動車メーカーや家電メーカーのように、私も社会のために仕事をしようと決意したのです」。
中村氏は在学中の2004年にネット広告代理業を計画して旧アドベンチャーを設立し、旅行会社にアフィリエイト広告を提案した。すると、逆に提案を受けた。商品を卸すからオンライン旅行代理業をやらないかと。この提案を受けて中村氏は航空券の比較予約サイト運営に着手し、卒業翌年の2006年に現アドベンチャーを設立した。
それからは平坦ではなかった。東日本大震災の直後には旅行需要が一気に冷え込むという苦難にも見舞われる。2014年12月に東証マザーズに上場する過程で何が成長のキッカケになったのかを尋ねると、まったく想定外の答えが返ってきた。
「銀行が融資してくれたことです」。
航空券予約サイト「skyticket」の運転資金やシステム開発費などで資金繰りに苦しみ、どの銀行に融資を申し込んでも「1000万円までなら融資できる」「保証協会付きなら」という反応にとどまった。ところが、あるメガバンクの支店長が「若者がんばれ!」という方針でバックアップしてくれたのだ。
融資申込額が支店長決済枠をはるかに超えていたため、本店の審査に対応できる資料作成などをサポートしてくれて、融資は実行された。しかも支店長は数年ごとに入れ替わるが、アドベンチャーへの融資方針は引き継がれてきた。
経済ジャーナリスト
小野 貴史