医師たちは真面目な経営姿勢を応援
ここまでの記述からは、MRTは医師ネットワークをインフラにオンリーワン企業として地歩を固め、医師不足に貢献しながら健全に歩んできた印象をもつかもしれない。だが、創業メンバーとの訴訟や、個人情報を漏洩した元社員が逮捕されるなど厄介事にも巻き込まれた。
これらの事態に医局や登録医師はどう反応したのだろうか。
「皆さん、応援してくださいました。提携を解消した医局はありませんし、登録を解除した医師もヒトケタにとどまりした」(馬場氏)と、影響は軽微だった。元東京大学医科学研究所特任教授でNPO法人医療ガバナンス研究所理事長の上昌広医師が「彼らは、真面目に着実にやってきました」と評価するように、経営姿勢が医療界に浸透していたのだ。
14年に上場して以降は、新規事業にも進出する。そのひとつが、スマホとタブレットによる遠隔診療・健康相談サービス「ポケットドクター」である。
時節柄、ICT関連サービスの開発は「いかにも……」にも見えるが、開発の動機はプロダクトアウトでなく、馬場氏が会食の前に腹痛を引き起こしたことだった。激しい腹痛に襲われた馬場氏は病院に駆け込んだが、待ち時間が長い上に専門医がいないと言われた。そこで知人の医師にテレビ電話をかけたところ、30分程度で治まると助言されて急場を凌げた。
馬場氏が医療に関わる動機は交通事故による患者体験だったが、新規事業の起点となったのもまた患者体験だった。
医師にテレビ電話で相談した体験から「電話相談サービスはニーズが大きい」と確信して開発したポケットドクターは、「かかりつけ医診療」「予約相談」「今すぐ相談」の3サービスを提供する。かかりつけ医診療は再診患者を対象にした「遠隔診療」に区分され、医療保険が適用される。予約相談と今すぐ相談は、一般ユーザーが対象の「遠隔健康相談」に区分され、医師が対応するものの法規制から診療は行なわず、医療保険も適用されない。相談料は、予約相談が10分2000円からで既にサービスを開始しており、今すぐ相談は月額500円~で24時間365日相談ができる予定だ。(2016年度内リリース予定)
いわば患者も一般ユーザーも医療機関に足を運ばずに、生活空間に医師を招聘できるサービスだ。
ポケットドクターは、16年3月に経済産業省主催「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2016」初代グランプリを受賞した。審査基準に「国家課題の解決に資する社会的な影響度」と示されているが、国家課題という土俵では、社会保障制度改革推進法に則って設置された社会保障制度改革国民会議が、3年前に「病院完結型」から「社会完結型」への医療提供体制の転換を提言し、この提言に沿って診療報酬改定などの制度改正が実施されている。ポケットドクターは社会完結型を推進する有力なツールになり得るのではないか。
馬場氏は、ポケットドクターのマーケティングについて次のように説明する。
「弊社がもつ医師ネットワークを活用し、実際の医療現場で遠隔診療に適した診療科目や疾患を調査し、それぞれの科目や疾患に適応した導入方法を医療機関に案内しています。
たとえば在宅診療では、訪問看護師がポケットドクターによって患者様の容態を事前に医師に伝えることができるため、医師が往診に行く必要があるか否かの判断ができ、医師のリソースを確保することができるなどのメリットが考えられます」
一方、患者に対しては、初診(医師との対面)を受けた後、医師が遠隔診療による再診が可能と判断した場合、医師から患者へ案内する段取りを取っている。
医師リソースの有効活用も、シェアリングエコノミーの発想である。MRTは一貫してシェアリングエコノミーの実践によって、医療機関と患者の双方を支援しつづけてきた。
馬場氏は「経営で大切なのは待つことだと思います。正しいことをやりつづけていれば、必ず助けてくれる人が現れるものです」と来し方から総括し、さらに創業メンバーとの行き違いを踏まえ、起業の鉄則として資本政策に言及する。
「借金をしても構いませんから、自分ひとりで起業すべきです。パートナー経営では方針の違いを巡って、内紛が発生したりしかねません」
目下、馬場氏は自治体との連携を構想しているが、医師紹介システムとポケットドクターが全国規模に普及すれば、MRTは社会インフラ企業へと進化を遂げるだろう。
経済ジャーナリスト
小野 貴史