西井氏が同社の社長に就任したのは、2012年。今年で7期目を迎えることになる。この期間を振り返って、決して順風満帆な日々ではなかったというのが西井社長の本音ではないだろうか。むしろ、会社としての生き残りを賭けた厳しい試練を余儀なくされた歳月であったといったほうが相応しい気がする。
「もともと当社は、旧・大証金(現・日本証券金融)グループ2社の計算事務センターとしてスタートしました。株式も2社で半数近くを保有しており、社長は代々旧・大証金の出身者。私自身も旧・大証金の常務を経て当社に来ました」
当時から、証券市場の流れとしては東京偏重であったので、大阪での証券ビジネスは今後ますます厳しくなると西井社長も理解はしていたものの、その後企業環境が予想以上のスピード感で激変してしまったのである。
「私が社長になった翌年の2013年、旧・大証金は日本証券金融と合併することになりました。これに伴い、旧・大証金グループからの案件が一切途絶えてしまうだけでなく、当社も他社と合併するか、あくまでも自主独立路線を貫くかを選択せざるを得なくなったのです。毎年約5億円ずつの減収となることから、今後の業績はどうシミュレーションしても非常に厳しいものでした。私も大いに悩みましたが、役員や社員らの意見を踏まえ、最終的には独立の道を選ぶことを決めました」
ライター
袖山 俊夫