80年、HISの前身となる「インターナショナルツアーズ」を東京・新宿で設立し、格安航空券とそれを利用した個人旅行を扱うため、旅行業の登録を行なった。机2つ、電話1本の小さな事務所での起業だった。いまでこそあって当たり前の存在となった格安航空券と個人旅行だが、当時はぜんせん知られておらず、最初の半年間はまったくお客さまが来なかった。それでも澤田会長には「英国では人口の10%以上の人が海外旅行を楽しんでいる。日本はまだ4%。格安航空券で旅行のコストを下げれば、必ずマーケットは広がる」という確かな読みがあった。 とはいえ、夕方5時までの営業時間中に何もすることがない。そこで没頭したのが読書で、『三国志』『史記』『孫氏の兵法』をはじめとする中国古典や、『徳川家康』『武田信玄』といった日本の歴史小説を次々と読破していった。そのなかには安岡正篤氏の著作もあって、座右の銘となる「得意淡然、失意泰然」という言葉に出会う。
「物事が上手くいっているときは浮かれることなくあっさりと。逆に、上手くいかないときは落ち込むことなくゆったり構えなさいという教えです」と澤田会長はいう。 やがて、格安航空券の利便性が口コミで広がり、初年度ほとんどなかった売り上げが、2年目に2億9600万円、3年目5億9000万円、そして4年目には9億円近くへ倍々ゲームで伸びていった。この間に、格安航空券という新しいサービスのことを聞きつけたメディアから取材の依頼が殺到したそうだが、一切受けなかった。それは「得意淡然、失意泰然」の教えを守るのと同時に、澤田会長にとって事業基盤を揺るぎないものへ育て上げる〝弱者の戦法〟でもあったのだ。
「目立つようになると、まだニッチだった格安航空券の分野に大手旅行会社がこぞって参入して、資金力の乏しい当社は潰されてしまうことが予想されました。そこで、格安航空券という事業の基盤が確立できるまで、最初の7年間は大人しく、目立たないようにしたのです。大手旅行会社の独壇場だった団体旅行も扱いたいという社員もいましたが、刺激しないように一切やらせませんでした」 そう語る澤田会長が「失敗だった」といってはばからないのが、99年の協立証券(現エイチ・エス証券)の買収である。いち早くネット取引を開始し、口座数を増やすことに成功したものの、お客が殺到してシステム障害を起こし、取引ができない事態に陥った。そして、行政処分を受け、営業停止に追い込まれてしまったことがあるのだ。その一番の原因として「自分に金融・証券の知識がなかったこと」を澤田会長は挙げる。 とはいえ、前回も触れたように「失敗から学び、新たなチャレンジに活かす」のが澤田会長のモットー。それがいかんなく発揮されたのが、03年に行ったモンゴルの国有銀行「AG銀行(現ハーン銀行)」の買収だ。「自分に金融の知識がないのなら、金融のプロに経営を任せればいい」と考え、頭取としてアメリカ人をスカウトした。その結果、「5年以内にモンゴルトップの銀行にする」という澤田会長の目標は見事に達成されている。
12年末にはロシア極東のソリッド銀行へ40%の出資を行なった澤田会長は、08年に設立されたアジア経営者連合会の理事長も務め、日本のベンチャー企業とアジア企業との橋渡し役を買って出ている。その澤田会長に今後のアジアビジネスの将来性について尋ねると、次のように答えてくれた。 「成熟した日本国内と違い、未開拓のビジネス領域が広がっています。それだけチャンスがあるわけで、日本でダメでもアジアなら成功する確率が高いのです。よく日本の大企業は、即断即決ができないことがネックだと指摘されています。しかし、経営者自らが先頭に立つベンチャー企業なら小回りが効き、そのスピード感を活かすことで成功を摑み取れるのではないでしょうか」 ベンチャー経営者、そしてこれから起業を目指す人たちにとって、日本国内だけでなく、アジアにおける商機を見出すことも重要になってきているのではないか。