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富士フイルム、進行性の固形がんを対象とする抗がん剤の臨床試験を米国で実施

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富士フイルム株式会社(本社:東京都港区、社長:助野 健児)は、進行性の固形がんを対象とする抗がん剤「FF-10832」の臨床試験を、2018年より米国で実施することを決定したと発表した。「FF-10832」は、富士フイルムが写真フィルムなどで培った、高度なナノ分散技術や解析技術、プロセス技術などを活かして、既存の水溶性薬剤である抗がん剤「ゲムシタビン」(*1)をリポソームに内包したリポソーム製剤である。

リポソームは、細胞膜や生体膜の構成成分である有機物のリン脂質などをカプセル状にした微粒子のことで、体内で必要な量の薬物を必要な部位に必要なタイミングに送達する技術であるドラッグ・デリバリー・システム(DDS)技術の一種。抗がん剤には、がん組織以外の正常組織に対しても作用し、強い副作用を引き起こすケースがあるが、これを回避する有効な手段として注目されているのがリポソームである。薬剤をリポソーム製剤にすることで、がん組織に薬剤を選択的に送達し、薬効を高めて副作用を抑制できると期待されている。これを実現するためには、(1)血中での薬剤の安定性向上、(2)薬剤が正常な血管から漏れ出さずがん組織に集積して長時間滞留するEPR効果(*2)の発揮、(3)がん組織での薬剤放出、といったすべての条件を満たす必要がある。しかし一般的には、(1)血中での薬剤の安定性向上と(3)がん組織での薬剤放出、の両立が困難であるといわれている。なかでも水溶性薬剤においてそれらの両立は技術的なハードルが高く、リポソーム製剤の実現に向けた課題と考えられている。

「FF-10832」は、血中での薬剤の消失半減期(*3)が非常に短い「ゲムシタビン」を、同社のナノ分散技術や解析技術、プロセス技術などを用いてリポソームに内包することにより、血中での薬剤の安定性を大幅に高めている。膵臓がん細胞(ヒト由来)を移植したマウス実験では、「FF-10832」が、がん組織に既存の「ゲムシタビン」よりも多く集積し、長時間滞留することが確認できた。

また「FF-10832」は、同実験で「ゲムシタビン」の1/60の低投与量で同剤を大幅に上回る薬効を示し、さらに「ゲムシタビン」では効きにくい種類の膵臓がん細胞(ヒト由来)や膵臓がん以外のがん細胞(同)を移植したマウス実験でも薬効を発揮するなど、がん組織での薬剤放出による効果も確認できた。これらの結果から、「FF-10832」は、リポソーム製剤に求められる条件を満たし、有望な治療薬が少ない膵臓がんのみならず、ほかの固形がんへの適応を狙える薬剤としてヒトでの有効性が期待できる。

今後、富士フイルムは、2017年中に米国にて「FF-10832」の治験届を提出し、2018年より臨床試験を開始する計画である。

*1 米国イーライリリー社が開発した抗がん剤(一般名:ゲムシタビン、製品名:ジェムザール)。膵臓がんの第一選択薬として用いられ、そのほかにも幅広いがん(肺がんや卵巣がんなど)に用いられている。

*2 がん組織は自らの栄養のため血管を新生させるが、新生血管は未成熟で、正常血管には存在しない血管壁の隙間が存在する。リポソームや高分子などを血中に滞留させると、隙間がない正常な血管壁は透過せず、がん組織周辺のみで血管壁を透過する。また、がん組織ではリンパ組織が未成熟であるため、透過したリポソームや高分子などが排除されにくく、結果的にこれらはがん組織に集積する。これをEPR(enhanced permeability and retention)効果という。崇城大学DDS研究所特任教授・熊本大学名誉教授の前田浩氏と、国立がん研究センター先端医療開発センター新薬開発分野長の松村保広氏が「がん治療における高分子薬物の血管透過性・滞留性亢進(EPR)効果の発見」(1986年)において発表。両氏は論文・引用分析においてトムソン・ロイター社がノーベル賞有力候補者として発表する「トムソン・ロイター引用栄誉賞」を2016年に受賞している。

*3 血中薬物濃度が、半分に低下するまでの時間のこと。